名古屋旅行 鉄道の旅2日間

  • 2015.06.06 Saturday
  • 05:29
JUGEMテーマ:国内小旅行
5月25日、26日、名古屋へ出かけました。
25日は、3月6日、突然帰らぬ人となってしまった、昔の教え子であり、鉄道友達でもあったM君のご自宅へお参りに行くことが目的でした。
朝、JR片町線の長尾駅から旅のスタートです。
長尾駅のきっぷ売り場で「名古屋まで2枚下さい」と言うと、駅員に「どこ経由ですか?」と尋ねられる。
「木津、加茂、亀山経由で・・・」と答えるも、まだよく理解できていない様子。
「関西線経由です」と答えたら、ようやく話が通じたようで、切符が手渡されました。

そうなんです。昔は、長尾から名古屋までと言えば、このルートが最短で、最もオーソドックスなルートだったのですが、今では、京田辺から近鉄乗り換え・・とか、京都まで出て新幹線で・・とか、大阪まで出て近鉄特急で・・みたいな、遠回りルートのほうが一般的だったりするのです。
いわば、今では忘れられた、でも知る人ぞ知る、結構便利な最短コースなのです。

片町線(今では学研都市線なんて呼び方も)は昔、長尾から奈良までは非電化区間で、奈良機関区のキハ10、キハ17、キハ20が1両、2両でゆっくり走っていた超ローカル線だったのですが、今では7両編成の207系や321系電車が、新三田や西明石方面から木津まで直通運転されていて、すっかり近代化?されてしまいました。


木津から加茂までは、関西線の電化区間の最後の区間。なんば、奈良方面から来た電車の最後の一駅間に、乗車します。

(ちょっとピンボケ・・・咄嗟のことで焦点が合わなかった?)
加茂から亀山までは、また非電化区間のため関西線キハ120が1両か2両のワンマン運転で1時間に一本のんびり走る、昔懐かしい、楽しいローカル線なのです。小ぶりなキハ120が一両でやってきたためか、意外と乗降客が多くて驚きました。
運転室横には、自分の担当列車へ移動のために、本来ワンマン運転の運転士以外に2名の乗務員が添乗し、乗降客の切符の処理などを手伝っていました。はっきり言って、前の景色を見たくて一番前の席を陣取ってる私たちには、邪魔な存在でしたが・・・。


ずいぶん昔の話になりますが、M君が中学2年の時、私のクラスには鉄道大好き少年がMくんを含めて3人いました。
クラブ活動のない休日、3人と長尾駅で待ち合わせて、片町線の気動車に乗り、木津へ、木津から関西線亀山行き気動車に乗り換えて亀山まで行き、亀山機関区を見学、撮影して、鉄道小旅行をした思い出があります。3人とも野球帽に半袖シャツに水筒をぶら下げて片手にカメラを持って来ていた記憶があるので、夏休みだったかもわかりません。
今回は、その思い出の路線を辿って名古屋へ向かったのです。

さて、亀山、名古屋間は、313系の快速に乗車。転換クロスシートつきの新しい車両で、乗り心地も快適でした。
1時間に一本、2両編成のワンマン運転でしたが、ほぼ空席はなく、途中からは立席も出るほど、予想外に乗客が多くてびっくり。

長尾から名古屋まで約3時間、懐かしくもあり、結構快適な旅でした。
名古屋に着き、百貨店地下で弁当を買い、名鉄特急で岐阜へ。続けてまた特急に乗り豊橋へ。続けて特急、急行と乗り継ぎ、鳴海で下車し、徒歩で小一時間かけてM君のご自宅へ向かい、お線香を上げさせてもらって、奥様と思い出話をして宿を取っている名古屋へ向かいました。
奥様は、「今でも彼が長い出張にでも出かけているような感覚で、ふと『ただいま』と、いつものように玄関を開けて帰ってくるような気がするのです」と、話しておられました。
夜は、いつもの東横インで宿泊。(25日、26日に名古屋旅行を決定したのは、10日ほど前に空室チェックした時、東横インの禁煙ツインの部屋が25日以外全く空いていなかったという単純な理由です。)

26日は、昨日までのブログのような感じで、朝から夕方まで徒歩で明治村見学。
岐阜羽島から新幹線こだまで?と予定していたのですが、犬山駅の時刻表を見ていると、新羽島まで結構時間が掛かりそうだったので、予定変更し、特急で名古屋へ向かい、のぞみ指定席を急遽取って京都へ戻りました。
さすが、のぞみは速い。17時23分ぐらいに名古屋駅を出発し、缶ビールを飲みながら弁当を食べ終わった頃には、もう滋賀県。19時ぐらいには、もう自宅へ戻ってましたから。
前回乗った、こだまと比較にならないほど、乗車している体感速度もすごい!気持ちよかったです。

明治村旅行記鉄道のりもの

  • 2015.06.04 Thursday
  • 20:39
JUGEMテーマ:国内小旅行
今回は、結局、一日すべて徒歩で見学したため、蒸気機関車にも京都市電にも村内巡回バスにも乗らないままでした。
2010年12月20日から、2012年11月まで、約2年間、明治村内に動態保存されている7両の鉄道車両が、点検、整備のためすべて運休になっていたらしいです。

蒸気機関車12号 1874年輸入(旧省電、尾西鉄道、名鉄)
蒸気機関車9号 1912年輸入(旧富士身延鉄道)
京都市電8号 1919年製造
京都市電15号 1911年製造
ハフ11客車 1908年製造 青梅鉄道
ハフ13・14客車 1912年製造 新宮鉄道

鉄道事業としての営業線ではなく、博物館内の運搬施設なので、遊園地の園具と同じような扱いになるらしいですが、事故があっては大変ですので、安全のための点検は重要です。ましてや、明治村は、名鉄関連企業ということですから、いくら鉄道事業としての運行ではないとは言え、事故や故障のない運行は当然のことでしょう。
蒸気機関車、京都市電ともに、明治時代の貴重な歴史遺産です。それも、動態保存され、老体に鞭打ち、毎日、見学客を輸送するという重要な役割を担っています。
1丁目から4丁目までの下半分を京都市電が、4丁目から5丁目までの上半分を蒸気機関車が、それぞれ行ったり来たりしているのですが、それぞれ、結構な勾配と回転半径の小さいカーブの連続です。
これからも、末永く可愛い汽笛と、発車ベルの音色を館内に響かせ、元気に活躍してほしいものです。
蒸気機関車と客車は、今回一枚も撮影できていません。4丁目から5丁目の小高い丘の上を走っているため、森の木々の陰に、汽笛と煙を何度か確認しただけで、姿は見えなかったのです。



他に、札幌市電から借り受けている、元名電(名鉄の前身)1号車、22号車が、旧塗色にお色直しされて、展示されていました。乗ってみましたが、想像以上に狭いです。カバンを背負ったままでは扉に挟まってしまうぐらい、また座席に人が座っていると、中央の通路を通るのにも膝が当たるぐらいの狭さには驚きました。


あと4丁目の六郷川鉄橋の上に尾西鉄道蒸気機関車1号車が展示されていましたが、画像はありません。

また、明治天皇、皇太后御料車(お召列車)の2両は、昔と変わらず鉄道局新橋工場舎内に美しい姿を見ることができました。


それと、徒歩で館内を見学するのが大変、という方には、村営バスが2台(ボンネットマイクロとキャブオーバーマイクロバス)が結構頻繁に行ったり来たりしています。
このバスは、一度チケットを買うと、一日乗降自由というルールですし、要所要所で観光案内もしてくれるようですので、歩いて回るのはちょっと・・・という方にはお奨めだと思います。
以上、10回に亘って、明治村旅行記を書いてきました。
明治村は、日本の貴重な文化遺産であり、日本の近代史の生き字引のような野外博物館です。
資料室のガラス越しに見学する博物館ではなく、そのほとんどの資料は、実際に中に入って、手を触れることができる体験型の博物館です。
今後も、明治の文化遺産を大切に思う気持ちを持ち、多くの人が入場することによって、末永くこの博物館が繁栄することを願わずにいられませんでした。

軽トラックの架装工事

  • 2015.05.02 Saturday
  • 21:01
4月初旬には「雨ばかり」とうんざりするような天気だったのに、何という事でしょう!この真夏のような陽射し。
一週間以上、雲ひとつない晴天。すごい紫外線です。
昨日、走行距離270劼里曚椰啓屬侶撻肇蕕鮗け取り、午後から早速荷台の架装工事に取り掛かりました。
ピカピカの新車にビスを打ったり、シリコン工事をするのにはすごい抵抗がありましたが、そうも言ってられません。
新車の荷台に容赦なく鉄板ビスを打ち、シリコン作業に入ります。

昨日、工事前の軽トラの画像です。普通の軽トラの何の感動もない画像ですが、貴重な画像です。



昨日の午後から作業に入り、今日の午後には、下のような姿になりました。
まだ最後の仕上げができていませんが、まあこんな感じです。


早速荷台で車中泊してみたい気分ですが、新しいゴムシートのせいで、ゴムの臭いがひどくて、ここで車中泊ができるのはいつの日のことか・・・。


軽自動車の車両規格が変更になり、前の軽トラより幅も長さもひとまわりサイズアップしたため、架装部品も切り継ぎして1週間以上かけて準備をしてきましたが、何とか、設置工事は2日でできました。

軽トラック乗り換え

  • 2015.04.25 Saturday
  • 08:29
儲かってる訳でもないのに、(昨年も赤字ですけど・・・)また出費。
知人から譲り受け、長年愛用してきた軽トラ(ホンダアクティー16年選手)は、クーラー(エアコン)がないため、夏場は灼熱地獄となります。
年式の古い車なので、いまさらエアコンを装着するのは無理なようで、『どこかで安くていい車はないかなあ?』と、昨年ぐらいから探していたのですが、近所のダイハツ中古車のお店を通りがかると、ほとんど新車に近い、試乗車落ちの新型ハイゼットトラックの中古車が数台並んでいて、新車より20万円ほど割安。
登録して7カ月・・・、CDコンポなどのオプションもついていてお得。
ただ、色が問題で、私は白がほしいのですけど、白の試乗車は出回ってないらしくて、ブラックメタとかブルーメタとかピンクメタとか、お洒落な色ばかり。

最初見た時は『白以外問題外!』という感じだったのですが、2回目通りがかった時、どうしようか?と少し思案して営業所の人に話を聞くと、『別の営業所で走行距離280劼曚匹離轡襯弌爾了郛莠嵳遒舛あるのだが、現在商談中』ということでした。
それで『万が一商談がキャンセルになったら引っぱって来て下さい』ということお願いをしていたら、数日後『商談がキャンセルになった』という連絡があり、その車を近くの営業所に回してもらい、それに決めました。
シルバーメタリックなら、なんとか許せる色なので。
その間、いくつかのダイハツディーラーを訪ね、新車のハイゼットトラックの見積もりも出してもらっているのですが、『新車』と、『ほぼ新車』(それも2年保証つき)の差で20万円の価格差があったら、やっぱり貧乏人は『ほぼ新車』を選ぶことになるでしょう?

あと一週間ほどで納車です。







一昨日から今の軽トラの荷台架装を取り外して、改造、改装して、新しい車に装着する準備をしているところです。
仕事も詰まっているので、結構忙しいです。
荷台の幌も、あちらこちら雨漏りし始めてきたので改造するちょうど良い機会です。
新車に相応しい見栄えの良い架装を完成させようと思っています。

16年前の軽トラと新車の軽トラでは、軽自動車の規格が変更になっていて、車の長さ、幅ともにサイズが大きくなっているので、それに合わせて架装も長さを4センチほど、幅を7センチほど、切断機を使って切って、鋼材を足して、溶接して、・・・という作業が必要なのです

ここ数日、やっと晴れた日が続いていて、作業は順調に進んでいますが、暑くて暑くて・・・・。
あとしばらく、がんばって鉄工溶接や木工作業などの仕事を進めて行こうと思っているところです。
カタログ値を信じて荷台架装の幅を決めて製作したのですが、昨日の夕方、ディーラーに立ち寄り、実車を採寸確認したところ、荷台幅が、カタログの最大幅ではないことがわかり、架装の幅をすべて1兩擇蟒未瓩覆い箸い韻覆い海箸判明。
構造変更車検をパスするためにはその1僂命取りになるので・・・・。

架装を取り外した軽トラの軽快なこと!40圓ら50圓阿蕕し擇なり、風の抵抗もないため、驚くほど気持ちよく走ります。
ところが、全く物が積めず、これでは仕事になりません。困ったものです・・・。
 
JUGEMテーマ:最近のマイブーム

運転席からの眺め 名古屋旅行記? 最終回

  • 2015.03.28 Saturday
  • 08:26

3月15日(日)名古屋旅行出発時の京阪電車7203の運転席画像です。ブレーキハンドル右上のディスプレイに、各車両の乗車率が表示されています。回生ブレーキ、電磁ブレーキなどの制動の状態もデジタルで表示されています。

私は、この縦型マスコン、ブレーキの操作に未だに馴染めません。従来の横回転型のマスコンとブレーキハンドルが手に馴染む、旧型人間です。
私の鉄道模型運転用の実物運転席も、従来型のマスコンとブレーキハンドルです。

急ぎの用でない限り、運転席のすぐ後ろで前景を眺めながら乗るのが子供の頃からの私の電車の乗り方です。
普通に座席に座って乗っていたら発見できない様々な事が見えます。
制限速度、カーブの半径、勾配、信号の色、対向する列車の種別や車種、現在の速度、運転士の挙動、・・・・最近の運転席には、上の画像のように各車両の乗車率まで表示されている車両も少なくありません。
下の画像は、3月16日(月)名鉄、名古屋から犬山まで乗車した特急1807編成の1907の運転席からの眺めです。

犬山城と犬山城下町を散策した後、昼過ぎぐらいに、犬山から名古屋への帰りにも1800系の特急に乗車したのですが、乗車後、ふと後ろホーム右側に入線してきたのが、なんと、今話題の新型電気機関車EL120・・・・・。
ピカピカの真っ赤な車体・・・それも重連だったような?
本当にふと振り向いたら・・・・という感じの、咄嗟のことで、写真は撮れなくて残念。









犬山駅構内に進入しました。この電車は犬山駅終点で、ホーム到着後、車庫に入庫します。複雑なポイントやクロッシングを次々に渡ります。
実物(実車)に乗車しているぶんには、興味深い、面白い風景なのですが、つい鉄道模型の場合を考えてしまいます。
鉄道模型の場合、左右のレールに電流を流して電車を走行させるため、このような複雑なポイントやクロッシングが連続する場合、あちらこちらにレールの切れ目を入れて絶縁しないと、ショートしてしまって大変。
また、ポイントマシンの配線と切り替えスイッチの配置もとても複雑になり、頭がおかしくなりそうです。
この写真に写っているだけで、14個のポイントと3個のクロッシングと・・・
と考えるだけで、なんかストレスを感じてしまいます。
おそらく私だけでなく、ほとんどのレールモデラーは、このように運転席からの眺めの1から10まで、すべてを模型の世界と重ねて見ているに違いないと思います。

鉄道を愛し、名鉄での活躍、鉄道模型製作、なにもかも道半ばで突然の逝去となったMくんを追悼しての名古屋旅行でしたが、今回は、名鉄車両に乗車していても、何か悲しい気持ちが先に立ち、とても楽しむという気持ちになれませんでした。
また次回、名古屋へ出向く際には、もっともっと名鉄を楽しむ旅ができればと思っています。
心よりMくんのご冥福をお祈り致します。

犬山駅で偶然目にした新型機関車EL120重連は、きっとMくんが『先生、オレが、最後に整備点検した機関車、ひと目見ておいて下さい!』と、引き合わせてくれたような気がしています。







2月初旬、それまで極秘に進められていた新型機関車導入の話が、解禁になった時に、Mくんから詳しい情報と共にメールに添付されてきたEL120新型機関車の甲種回送の画像です。この回送のダイヤも極秘だったそうですが、鉄道ファンの間には情報が回っていたようで、各地で撮影の嵐だったそうです。

信楽高原鐡道運行再開セレモニー

  • 2014.11.29 Saturday
  • 10:47

1年2か月余りの間、不通、バス代行を余儀なくされていた信楽高原鐡道の運行再開一番列車が、先ほど発車しました。

大粒の雨が降る中、私は午前9時に信楽駅を訪れました。
すでに、9時48分発の一番列車に乗車しようと待ち構える人たちの行列ができていました。









駅ではバンド演奏の準備や、セレモニーの準備が進められていました。
信楽高原鐡道では、最長編成である堂々の3両編成の一番列車がアイドリング音を誇らしげに響かせています。

私は、一番列車に乗る予定はなく、9時30分頃、信楽駅から1?ほど行った、玉桂寺近くの大戸川沿いの撮影ポイントに先回りして一番列車を待ちました。
空砲の響きと共に一番列車が発車し、しばらくして気動車のエンジン音と25メートルレールを走る軽やかな走行音と共に、一瞬で一番列車は走り去りました。





昨年9月の台風18号で、杣川鉄橋流出ほか、路盤流出や土砂崩れによる崩落など、甚大な被害に見舞われ、一時は廃線か?とも噂されていたのですが、国からの補助にも助けられ、やっと再開に漕ぎ着けました。

撮影後、大急ぎで列車を追いかけましたが、すぐに振り切られてしまいました。
雨の中にもかかわらず、沿線では多くの住民が一番列車に手を振る姿が見られ、とても印象的でした。

戦時中、不要不急路線として廃線になり、戦後復旧した信楽線、しかし、国鉄分割民営化とほぼ時を同じくして、廃止対象路線となりました。しかし、第三セクターとして辛うじて生き残った歴史があります。
さらに、1991年、世界陶芸祭開催の折、直通運転で乗り入れていたJR車両との痛ましい正面衝突事故があり、多くの犠牲者が出ました。
そして今回の台風被害による運休、と本当によくぞ運行再開し、生き残ってくれたと思わずにはいられません。

夢の超特急開業50周年

  • 2014.10.01 Wednesday
  • 19:50
鉄道が好きな子供たちは、N700系だとか、N700Aだとか、とても詳しいです。
私は、先日の名古屋旅行で、何も知らずにN700AとかN700からN700Aへの改造車とか・・・・乗車したり目にしたりして、少しずつデザインが違うことに気が付きました。
宿泊したスーパーホテル名古屋駅前が、新幹線ホーム大阪寄りのすぐ横に位置していて、2階食堂の窓際に陣取って朝食バイキングをしてると、目の前に新幹線が次々と名古屋駅を発車したり到着したり・・・。
なかなかの絶景でした。
ボーっと次々に走る新幹線をみていて、ふと「へー、N700にも普通のN700と、N700Aとデザインの違うN700Aがあるんだ・・・・!先頭車の屋根の形がちょっと違う、・・・・ヘッドライトの位置や形状が違う・・・」みたいな新発見をするぐらい、本当に無知で日頃無関心です。

50年前の今日、1964年10月1日、東海道新幹線が開業しました。
1964年10月10日から開催された東京オリンピックに間に合わせるべく、突貫工事で建設された感がありますが、実は、戦前、弾丸列車計画という東海道超特急列車計画があり、用地買収やトンネル工事などがかなり進んでいて、それが、この東海道新幹線路線にそのまま流用されたという経緯があり、このようなスピード開業が可能だったそうです。

50年間、乗客死亡事故0件、天候などの気象条件による運休を除き、ほぼダイヤ通りの運行、270?/hという驚異のスピード、想像を絶する乗り心地の良さと車内サービスの良さ・・・・
諸外国の鉄道からは考えられない安全性と運行の正確さと乗り心地の良さ。

つい先日、リニア鉄道のプレス試乗会が行われたそうです。
あと10数年で、リニア新幹線が開業予定だそうです。
リニア新幹線開業に向けた建設費、設備投資、などの予算は、JRのドル箱である現在の新幹線の営業利益から出てるのでしょうか?

リニア新幹線建設、開業の意義に疑問を感じるのは私だけでしょうか?
ほんとうに必要なのでしょうか?
リニアが完成したら、現在の新幹線はどのような位置づけになるのでしょうか?
JR在来線の位置づけはどうなるのでしょうか?

本当に、そこまでしてトンネルだらけのリニア新幹線に投資する必要があるのでしょうか?

先日、リニア鉄道館へ行き、ますます疑問は膨らみました。

そんなに早く移動したければ航空機を利用すれば済むことですし、現在の新幹線で十分ではないか?と、つい思ってしまいました。

かつての0系新幹線の乗り心地と、現在のN700Aの乗り心地は、それは雲泥の差だと言えるでしょう。
でも、ここまで完成度の高い新幹線が日本の大動脈として毎日正確な運行をしているのとは別に、全く新しいリニア鉄道という新路線を建設することにどれだけの意味があるのか?
昭和の残照ばかり背負って生きる私は、まだ十分に理解できずにいます。

行き帰りの新幹線N700系、リニア鉄道館に展示されている新幹線の色々、外観、車内、ビュッフェ、食堂車・・・ドクターイエローなどなど、画像をアップしてみました。

















リニア鉄道館HOゲージジオラマ雑感

  • 2014.09.26 Friday
  • 22:22
先日からの名古屋旅行記第3談となります。

名古屋駅をモデルにしているジオラマですね。駅構内だけで8〜10mほどあるはずです。


京都清水寺あたりは、秋の紅葉シーズンのようです。


名古屋駅付近の夜景、駅前ビルや大観覧車などの照明が本当に美しい


清水寺の向こうには中秋の名月。大文字の向こうでは花火大会が開催されていましたが、撮影の機会を逃がしました。

先日も書きましたが、リニア鉄道館に設営されている、80分の1(HOゲージ)の巨大なスケールの鉄道模型ジオラマは、名古屋駅を中心として京都、奈良から静岡、横浜、東京までがイメージされている壮大なレイアウトです。

新幹線は、16両のフル編成(全長560?)が何編成も行きかう名古屋駅。
さらに新幹線、在来線とも座席には乗客が乗っている。
そして野外ライブ会場には何千人?何万人?という観客が動員され、夜になると京都では花火大会が開催され、東京では東京タワーと東京スカイツリーに美しい照明が・・・・。

そして、名古屋駅前では、道路上をバスが走っている。なんと駐車車両を避けて車線変更までしている。

また、新幹線から在来線まで、数多くの車両が、すべて運転速度もきわめて精度が高い・・・・。

きっと20分ほどの短い運転時間の中で、私が発見できていない驚きがまだまだ数えきれないほど、この鉄道模型ジオラマにはたくさんあるに違いない。

何気なく見学している人にとっては「美しい風景だ!」とか「よくこれだけのものを造ったな!」ぐらいの驚きで済んでしまうのでしょうけど、鉄道模型のレイアウト(ジオラマ)を製作した経験のある人なら、なにもかも、すべてが信じられないような凄さに驚愕するのではないでしょうか?

これだけ完成度の高いジオラマだけに、前々回のブログに書いたような、細かい点での不整合がとても気になったのですが、その後、何度考えてみても、このジオラマは本当に驚き以外の何物でもありません。

ぜひ、機会があれば、もう一度リニア鉄道館を訪れ、朝から夕方まで、このジオラマに張りついて鑑賞してみたい衝動に駆られているところです。

正直なところ、鉄道模型レイアウト(ジオラマ)製作に近日中に取り掛かりたいような、取り掛かりたくないような、とっても複雑な感情が入り乱れているところです。
ただ、もし今後鉄道模型のレイアウトを製作するとなった場合、HOゲージではなくNゲージになるだろうと思っています。
理由は、スペースの問題です。

例えば実物の鉄道で一般的な曲線半径400mをHOゲージ(80分の1)で忠実に再現すると、半径5mになります。その段階でHOゲージのレイアウトを製作するには体育館のようなスペースが必要だという現実にぶつかります。
実車が走行可能な最少曲線半径は、半径100mですから、これを80分の1に換算すると、1.25mとなります。やはり、レイアウトルームの巾が最低でも3メートルほどは必要だということになります。

Nゲージ(150分の1)なら曲線半径400mは約2.66m・・・・。
曲線半径100mなら0.67mとなり、まだある程度現実的な数字か?っていう感じがします。
私は、長年、鉄道模型レイアウトの製作をしてきた自分自身の感覚として、しだいに不自然な急カーブに妥協ができなくなってきたのです。
かと言って、体育館のようなスペースを個人で所有するのは不可能ですし・・・。

本当にむずかしいところですね。

なんか、このところショップブログというより、鉄道趣味ブログみたいになってしまっています。

昨日から、倉庫にしまっていたプレステ2の古いソフト「電車でGO!」と、コントローラーを引っ張り出して、液晶モニターに向かって夢中になってしまっている私がいます。

鉄道の旅 常滑〜セントレア〜リニア鉄道館

  • 2014.09.22 Monday
  • 16:33
9月末日までの名鉄1DAYパスポートを使い、9月21日(日)9月22日(月)の2日間、家内と二人で、常滑→セントレア空港(常滑線)→ 河和(河和線)→ 一旦名古屋本線へ戻り碧南へ(碧南線)
と、名鉄の盲腸線を3線乗ったところで、一日目の時間切れとなりました。

安城、西尾から蒲郡までも行ければ行く予定だったのですが、今回、常滑の街歩きにゆっくり時間をかけ、セントレア空港での昼食後、次々と離陸するジェット機をしばらく眺めていたため、碧南からの帰りの電車でもう夕暮れ時となり、名古屋へ戻りました。


常滑散策 窯跡が並ぶ風情のある小道


常滑焼の土管、硫酸瓶、瓦、鞘などで組み上げられた小道と築堤は、なかなかの見応えがあります。


廻船問屋 瀧田家住宅を見学

瀧田家内部


登り窯




常滑焼の工場が立ち並ぶ風景 信楽と間違いそうになりますが、信楽にはこのようなレンガの煙突はありませんね。
瀧田家の見学で約1時間、常滑の街歩きに約2時間。たっぷり時間をかけて楽しみました。


セントレア空港の『矢場トン』で、1DAYパスポートにセットされたメニューで昼食。とても美味しかったです。『みそカツの矢場とん』は、さすが名古屋では有名なお店だけあって、すごい人気で、かなりの行列に並び、やっと順番が回ってきました。



碧南線での電車行き違い風景。僅かですが、ローカル線ムードが残っている風景でした。

2日目は、名古屋臨海高速鉄道を利用し、金城ふ頭にあるリニア鉄道館へ行きました。





往年の名車からつい最近まで現役だった車両まで、これだけの実車両が展示されているのは、圧巻でした。
在来線運転シュミレーション体験もしました。運転終了後、「本日の第一位」と書かれた「優秀賞」の賞状が画面に表示され、少し嬉しかったです。







鉄道模型(HOゲージ)のジオラマ運転の鑑賞もしました。
やはり、あれだけの広さがあると、見ていて気持ちが良いです。
もしも、あのスケールの鉄道模型を自分で作れと言われても、絶対に無理でしょうね。
よくあれだけのものを完成させたものだと感動しました。

でも、細かい部分では気になることも数々・・・・。
最も気になったのは、民家や車(自動車)のスケールがバラバラなことでした。民家は150分の1の(Nゲージ用プラキットと思われる)物が多く、車は逆に80分の1よりもサイズが大きい。
せっかくこれだけの夢のようなジオラマを現実のものにする技術力と財力があれば、全てのミニチュアを80分の1に統一するこだわりがほしかった。
また、これも仕方がないことですが、在来線が新幹線と同じ、16.5?ゲージを走る姿はやはり不自然で、見ていて気になって仕方がない。
できるだけ気になるところを見ないようにして、新幹線が走る姿ばかり見ていました。
スケールの統一感というのは、ジオラマにはとても重要な要素だと思うのです。

それにしても、40m×10mほどもある体育館のような広いスペースを16両編成で走る新幹線の姿はやはり見ていて気持ちが良いものです。

今回の名古屋旅行は、行きも帰りも、京都から新幹線のぞみ指定席を利用しました。夕方、この時間に、もうブログを書いているのが、信じられない。

追加画像、旅の詳細、雑感などは後日、少しずつアップする予定。

還暦記念、行き当たりばったり名古屋旅行 第四話

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 13:32
さあ、名古屋旅行2日目
いよいよ今日は、名鉄乗り放題の一日です。

これまで「名鉄」のイメージは、赤い電車が併用軌道を走っている、みたいな印象があるぐらいで、実は60年間、一度も乗ったことのない電車でした。

そんな私が、今日初めて名鉄に乗車することになったきっかけを話すと少し長くなりますが・・・。
私が中学校新任教員だった頃、私のクラスに鉄道が大好きな少年が3人いて、私も鉄道が大好きで鉄道模型の製作もしていました。
日曜日に彼らとローカル線の旅に出かけたこともありましたし、文化祭でも鉄道模型の運転会をしたり、と、友達感覚で楽しくやっていました。
その後、そのうちの一人の生徒が、名鉄に就職したと聞きました。
「近くに京阪も阪急も阪神も南海も近鉄もあるのに、なぜ名鉄?」と不思議に思ったのを覚えています。
最近、鉄道模型運転会の話題で、彼から連絡があり、その後、頻繁に我が家へ遊びに来てくれるようになったのです。
人の縁というのは、面白い物です。
「1DAYパスポート」という一日名鉄に乗り放題という切符(商品)を紹介して頂き、それを使って名鉄に乗って下さい、というお誘いを受け、今回名古屋に行くことになったのです。
もちろん、緻密な計画を立てるということには無縁の私は、路線図一枚を頼りに、線路が繋がっている所に、来た電車に乗るという全くの無計画乗り放題スタートです。
先頭が特別車の特急以外、すべて運転席のすぐ後ろというのが、電車に乗る際の私の指定席です。

2月16日(日)

8:25 
●名古屋→岐阜(特急)時速120キロで狭軌鉄路を走る。すごい迫力、乗り心地は抜群、あっという間に岐阜到着




8:58 
●岐阜→犬山(普通)普通とは言え、結構なスピード感




9:36 
●犬山→新可児(普通)かなりローカルな感じになってきました



10:38

●新可児→御岳(普通)単線のローカル線 一編成の列車が行ったり来たり

 野呂家住宅(御岳宿の旧商家「竹屋」)を見学、受付の方と話をしていて
  帰りの電車の発車時間ギリギリでした




11:14
●御岳→新可児(普通) 

●新可児→犬山  

●犬山→東岡崎(特急)楕円形?窓のパノラマカー、快適、速い
 犬山線、など枝分かれした支線が多くあって、初めて乗る私には、車両の運用 や線路のつながりが理解できない。ダイヤを組むのも大変だと思う


●東岡崎→豊川稲荷(急行)豊川線も単線、ローカルな雰囲気でした

豊川稲荷参道の食堂で昼食、スタンプ押印 豊川稲荷参り、寺宝殿?鑑賞、
 境内散策  記念品をもらう(名鉄うん天使のキーホルダー)


●豊川稲荷→国府(普通)


●国府→名古屋(特急)時速120キロで疾走、乗り心地も抜群
名古屋に到着したらもう夕方、あっという間の一日でした。


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